2015年3月22日日曜日

ニック・ディアスは人からどう思われているか知っているし、人が自分を無視できないのも知っている。



 ニック・ディアスは人からどう思われてるかなんか気にしない。
 もしファンが金網の中での絶え間ない攻撃と、金網の外でのキレっぷりが好きなら、ディアスは悪い気はしないだろう。しかし、もし他の多くのMMAファンのようにディアスは態度を改めるべきだと考えているなら、それはそっちの問題であってディアスのせいじゃない。
だが大事なのはこういうことだ。ディアスは自分が誰かよく分かっている、他人の顔色をうかがうのが仕事じゃない。彼は闘い、いい試合をすることで金を得ているのだ。

 そしてディアスは知っている。好かれようが嫌われようが、誰も彼を無視することは出来ないと。
「俺が悪人であるような売り出し方はされたくないね。だが、もしUFCがそうしたいって言うなら結果チケットは売れるだろうけどな。でもそれは興行上の演出であって、俺が本当にそういう人間だとは思ってほしくないね。俺はただのカリフォルニア州ストックトンのMMAファイターだ。そしてまだ現役だ。」
もう少し正確に言えば、現役復帰したのだが。

 UFC183の話題の的はアンデウソン・シウバだけじゃない。ニック・ディアスだって約2年ぶりに復帰する。ディアスは今31歳だが、2013年に当時のウェルター級王者GSPに判定負けして引退した時は本気だったようだ。しかしむしろ、高額ファイトマネーのビッグマッチを待ちながら精神的に休みたかったのではないかと思える。ディアスが言うように、電話が鳴って上の階級で伝説の男シウバと闘うかと言われれば、やるしかない。

「闘いたくてたまらないというわけじゃない。ベルトをとる為に復帰するわけじゃない。悪人扱いされるためでもない。例えそういう風になってしまったとしても、色んな事をすてていても闘いから離れるわけじゃない。俺はリアルファイトをするために闘うんだ。」

 しかも、シウバ戦までの数か月、ディアスは怒りを面に出さず、皮肉を言うこともなかった。以前は誰にも敬意を見せなかったしあからさまにワルだったにも関わらず。
トレーナーのシーザー・グレイシーはかつてこう言った。
「ニック・ディアスはどこまでもクレイジーになる。」
だが今や一番クレイジーなのは、この男がシウバへの尊敬を語っていることだ。

「俺の前にも引退したり怪我をしたりした奴はたくさんいた。心理戦を仕掛けたり、誤解から因縁が生まれることもある。ただ今は俺の対戦相手はそういうやつじゃない。俺だってそうだ。だが試合が始まるまではどうなるかは分からない。」

インタビュアー:ニック、引退してからの2年間は何をしていたのですか?

「何?お前ポリ公か?」
 すぐさまディアスの顔に血筋を凍らせる脅しの表情がうかがえた。
そして次には悪賢い笑みが見える。主導権を握られているのが分かる。ディアスは9月に飲酒運転で逮捕され、州法との揉め事は一躍人に知られることとなった。それはディアスが話したくないことだ。それは今も続いているのだから。

 この男はマリファナを続けてきた。他のファイターのトレーニングを助け、トライアスロンに情熱を注いできた(年6回出場しており、特に過酷なオフロード大会に集中している)。少し旅行もして演技のオーディションも受けた。買い物にだっていくが、彼がそういうとまるで非日常的な行動のようだ。

「普通の人の生活みたいなことをしたよ。だがそういうことも今まで出来なかったんだ。毎日ジムにいたからね。15年ぐらいずっとだ。34か月ごとにずっと試合があったんだよ。」

 ディアスが記者会見嫌いなのは有名だが、11のインタビューでは怒りを露わにすることはなく、冷静で考え深い。実際のところ、金網の内外で対戦相手を挑発する姿とは別人だ。

 これが、友人たちの言う、リアルなニック・ディアスだ。

 ストックトン出身のプロトライアスロン選手ダミアン・ゴンザレスは語る。ディアスとはある大会で出会った。
「闘っている時のイメージで見られてしまう。だがそれは本当のニックじゃない。もし彼を本当に知ればテレビで見るときとは違う人間であることが分かるはずだ。本当にいいやつなんだ。」

 ディアスは過去の過ちを言い訳するために他の選手のように「誤解があった。」とは言わない。これは賞賛に値する。MMAのキャリアにおいて、自分がどう演じてきたかを彼は分かっている。だがそれを詫びようともしない。

 彼は単に地元の英雄だと言えば、最適な表現になるだろう。

「ストックトンは俺の出身地だ。何も恥じていない。」
 ディアスは静かに言った。少し間をおいて続ける。
「だが地元出身者以外ではストックトンに何かしてくれる人は多くない。」

 ストックトンは寂れた町だ。雇用問題、高い犯罪率。2012年には強盗の件数で一番の街になった。デトロイトぐらいしかそれを上回ることは出来ないだろう。ここ数年で2回、アメリカの最もみじめな年ランキングで1位をとっている。

 だがディアスにとっては、ここが家だ。

 彼は自身の少年時代についてはっきりとは語らない。自分1人で生きてきたのだ。学校でもがき苦しみ、転校を繰り返して落ちこぼれた。高校は2年で退学している。

「あまりいいことはなかったんだ。いや、何もなかった。何か心のよりどころが欲しかった。それが手に入って、のめり込んで、得意になって、それが俺の人生になった。」
15歳で出会ったのはシーザー・グレイシーと柔術だ。

「このために生まれてきたと思ったが、誰もそう信じなかった。家族も親友も言ったもんだ。『もしこれで生きて行こうとするなら、すぐに壁にぶち当たるだろう。』ってな。」

 有名なMMAファイター、ジル・カスティロは、ディアスが技術の質問をするためにいつもジムをうろつくような子供だったことを覚えている。今ではディアスのマネージメントチームの一員になったカスティロは言う。
「まるで俺たちにすごく気を使ってるみたいだった。俺たちは彼の後ろ盾だったからね。
だが、2年後ぐらいかな、俺たちにはわかったんだよ。こいつはすごい奴になるってな。もうボクシングでも柔術でも誰も勝てなかったんだ。そして世界ランクの連中と練習しだした。」

 桁違いのスタミナとパンチの連打を組み合わせた闘い方で、ディアスはすぐに出世した。ロビー・ローラー、フランク・シャムロック、BJペンといった選手に勝利したのは忘れられない。ストライクフォースではウェルター級チャンピオンになった。

 だがそれらの偉業は時に、プロレスの悪役のような「ニック・ディアスらしい」振る舞いによって霞んでしまう。例はいくらでもあげられる。試合後の乱闘、マリファナの陽性反応、納税したことがないという告白、記者会見の無断欠席。そしてもちろん、世界中に怒りをぶちまけるような、耐えることないトラッシュ・トーク。

「悪く言われてるのは知ってるさ。」

 そして、あくまで例えとして、ディアスは汚い言葉で怒鳴り始めた。
「厄介事が起きるぜ。」と言わんばかりの口調で。


0 件のコメント:

コメントを投稿